2014年11月28日金曜日
卒研Ⅲ 考えてること
中間発表から1ヶ月経ちました。
授業で配らせていただいたり,友達に頼んでサークルで配ってもらったり,私自身も自分のサークルでお願いして配らせてもらったりして,10日ほど前にすべてのデータを集め終わりました。
ご協力いただいた皆様には本当に感謝しています。
長ったらしい質問紙を作ってしまったので,配布時期がいろいろと忙しい時期とかぶってしまったのもあって面倒だったと思いますが,おかげで分析に進めています。ありがとうございました。
(入力も大変だし)もうこんな長いの絶対作らないぞ。
統計自体はだいぶ苦手意識があったのですが,『SPSSによる多変量解析』という大変わかりやすい本を図書館で見つけまして,これに頼り切って進めています。
どの方法をどんなときに使うか,基本的なモデルの説明,SPSSを使うときの手順など,知りたかったことがほとんど載っていて,苦手意識というか,いわゆる統計アレルギー的なところはだいぶ前になくなってきました。
「問題と目的」あたりを書くよりも,最近はむしろ統計いじってる方がおもしろい。
集めたデータをどういじればほしい結果に近づくのか,あーでもないこーでもないと数字をいじりまわすことの意外な面白さにはまりつつあります。
なかなか求めている結果が出てくれないのが悩みどころですが。
でも心理学研究のはしっこをかじってる気分になれるので好きだし楽しいです。
心理学は文理混合だとずっと思い続けていますが,質問紙を使ってそのデータを統計にかけていると文系要素なんてないじゃないかと思えてきます。
ただ,データをまとめながらどうしても感じる違和感があって,
「人の思考や行動はこんな風に数字でまとめられて測定されうるものなのか」
ということ。
各質問項目に対して,当てはまるだとかそう思うだとかに割り振られた数字に丸をつける。
それがその人の(主観的ではあるけれど)状態を反映していることになっている。
だからその数字をばーっとエクセルなんかに入力すれば,それがその人の心の状態のデータになる。
という流れを,入力作業をしながら,どうしても不思議に思ってしまったのでした。
50人分のデータをいれたとき,ファイルの大きさが53KBって出てきて,
「50人の記録はたったこれだけにおさまるものなのか」
とふと思ってしまったのがきっかけです。
集められたデータは統計処理にかけられて,「平均と比べるとあなたは○○でした」っていう,極端に言えばあなたはこんな人です!(デデーン)っていうことが言えてしまうことになっていることが,良い悪いではなく単純に不思議に思うのです。
「人の心はすべて数字で表すことができます」
これだけ言われると誰しも多少の違和感を感じると思うのですが,自分が今やっているのはまさにそれじゃないか。
私自身は,人間は数値では表しきれない部分があってすべて数字で表すなんてできないと考えているので,違和感を感じるんだと思います。
違和感程度ならまだしも,自分の考えや活動が全部数字で表されるって言われると嫌悪感を抱く人もいるかもしれないですね。
これを感じたところで卒研にはまったくかかわらないので,ひとまず深く掘り下げるのはやめてしまいました。落としどころとしては,測定できる部分とできない部分があるから,わかる範囲は数値化できても,あとには理屈では把握できない部分が必ず残る,といったところでしょうか。
これは心理学で研究をし続ける限り,ずっと自分の中に残るような気がします。
話はそれますが,『PSYCHO-PASS』(現在ノイタミナ枠で2期放送中) というアニメは,人間の心理状態や性格傾向をすべて測定できるシステム(シビュラシステム)が導入された未来の日本を舞台にお話が進んでいきます。
おもしろいのでぜひご視聴ください。
1月には映画化しますよん。
閑話休題。
ほかにも,なんで膨大なテーマの中から妬みを拾ったんだろうとか,質問紙で聞く限り自覚している部分しか回答が得られないから自覚できてない部分はわからないじゃないかとか,研究を進める上では考えてもしかたのないことばっかり頭に浮かんでは消えを繰り返すことが多くなりました。
前者はともかく,後者は院以降につなげられるかもしれません。
なんかかっこつけたことばっかり書いていますが,実際は自力で分析も進められないただの未熟な心理学徒です。
手続きは本のおかげでわかるんだけど,結果の解釈に関して,あまりにも経験も知識も乏しいなと痛感する日々です。
どちらも一朝一夕には身につかないので,使いながら覚えていくしかないです。
卒研で順調にいけばけっこう多くの分析方法を使うことになりそうなので,強引に経験値あげて来年以降にいかさないとなぁと思っております。
私が進む研究室の先輩方は本当にクレバーな方ばかりでめちゃくちゃかっこよくて,他の知り合いの院生さんからも「あそこは優秀だよね~」と言われて,そんなところに自分が来年から飛び込むのがうれしくもある反面不安のがだいぶあります。
まぁ今から心配しても仕方ないので,せめて少ない知識をもう少しつけてから入院できるように,あと3週間(切ってるけど)あがこうと思います。
卒業研究を完成させることはもちろん,来年以降,自分がやりたい研究をやるための土台作りとして。あと3週間(切ってるけど)。
2014年9月10日水曜日
防衛的悲観主義者の受験
5ヶ月も更新しないでなーにが月1じゃwwwwww
構想発表のあとにまとめようまとめようと思ってこのありさま。ブログの定期更新とか続かないの明白なのになんでやってるんだろうって感じです。
それでも、今年最大の山場が終わり、山場を迎えるに際して考えていたことはまとめておきたいと思ったので、久しぶりに。
来年度からの進路が確定しました。人間総合科学研究科心理専攻へ進学できることになりました。
スクールカウンセラー(SC)になりたいと思ったのが中2の冬、そのためには心理学を学ばなければならないと知って今の大学を目指そうと思ったのが高1の夏。
かれこれ7年半ほど思い描いていた将来に、着実に近づいているようです。
SCになろうとするかは現時点では何とも言えませんが、大きくぶれることなくここまできたなんてなんだか感慨深いです。
自慢げな言い方になってしまうのですが、私は今まで大小にかかわらず試験で大きな失敗をしたことがありませんでした。高校入試は後期のみ、大学入試は推薦、大学院入試も単願。もう少し小さいところでは、英検も受けたものは一発合格でした。失敗がないというか、最少の回数でクリアしてきたことになります。
数は少なくても今まで受けた試験を振り返ってみると、これが自分のやり方なんだろうなぁと思うところがいくつかはっきりしてきて、今回の院試ではそれがもろに出た感じがします。
●やり方その1:受かるようになるまで受けない、受かる可能性が低いものは受けない
けちではないけど無駄になるお金は使いたくない。それはもちろん検定料・受験料しかり。
英検も、入試も、受けるにはお金がかかります。落ちればそのお金は無駄になります。
試験慣れ、というとらえ方もありますが、結果がついてこないのに払うお金はやはりもったいない、というのが私の考えです。
英検のように受ける時期をある程度選べるものに関しては受かる準備ができるまで受けない。(地域差はあると思いますが)高校入試の推薦のように、内申点高くて生徒会やってて部長で、みたいな人でも落ちる、判断基準のわかりにくいものは受けない。まぁ受けるからには受かるなりの勉強を十分にしてから、っていうことです。
ただ、これは検定のように自分で時期を選べるものにしか通用しないので、入試には使えません。入試は待ってくれません。Nyushi waits for no one.
●やり方その2:不安をモチベーションにする思考パターンと、それを利用すること
心理学をやって役だったなと思うことのひとつに、防衛的悲観主義という思考パターンを学んだことがあります。過去のある場面で成功する体験をしているのに、これから迎える似たような場面に対してネガティブな結果を予測するタイプの人のことです。前に試験で受かっているのにこれから受ける試験に対しては「絶対落ちる……」と思わずにはいられないのです。
そして、この思考パターンの人は、このネガティブな予測のおかげで、成功体験をするのです。うまくいくことを考えようととむしろ失敗してしまうという天邪鬼ですね。
私はまさにこの防衛的悲観主義です。
普段は基本的にポジティブ人間ですが、試験前とか試合前とかはもうどん引きしちゃうくらいマイナス思考。
試験前はずーっと、平常時ではありえないほどのマイナス思考に陥っていました。しかしそこでマイナス思考をやめるのではなくて、それを全力で利用してやろうと思いました。成功に向かうのではなく、失敗を回避することを目指しました。
今回想定した受験時に起こりうる最悪なパターンとして①覚えた単語が全部出ない②うろ覚えすぎて文字として説明できない③意味がわからない英単語ばっかり出る、などがありました。
これだけ思っていてはただ不安に負けるだけなので、「これらの状況が起こってしまうとしたらその原因は何なのか」を徹底的に考えました。①なら勉強する範囲の狭さ、②なら定着の浅さ、③は2つの複合、といった具合でしょうか。
そして①~③を回避するために計画を立てたり勉強したりしました。詳細は個別的すぎるのでここでは言及しませんが、要は不安をモチベーションにつなげるというわけ。
成功するにはどうするかを考え、成功のイメージから逆算して計画を立てるタイプの人もそこらじゅうにいると思います。しかし、私にはこれがどうしても「できない」のです。成功をイメージするより、起こりうる失敗をイメージする方が私にとってははるかにスムーズにできます。ただうじうじしているように見えても、こればっかりは変えられなくて、きっとこれからもうじうじし続けるんだと思います。
●やり方その3:ひたすら効率を追求
無駄な勉強や努力はないとは思いますが、「受験勉強をする」「試験に受かる」ことを考えたとき、結果の伴わない努力はやるだけもったいないです。決められた時間内に結果を出さなければいけないのに、遠回りをするのは絶対に嫌でした。
私はがむしゃらに努力するのが苦手なので、効率よく必要な知識を身につけるにはどうすればいいかを考えました。
頭を使ってなんとかなる分はなんとかする。
無駄な努力をしないようにするにはどうすればいいのか。
何が自分に足りないのか、それを身につける方法は何があるか、何が最低限必要な努力か。
それが計画を立てるところにもつながっていたと思います。
去年つくばマラソンを走りました。特に後半、走りながら考えていたのが、「歩くより走った方が速くゴールできる」という、書いてみると当たり前だけど40キロ近く走ったあとで実行するのはなかなかきっつい現実でした。
これを勉強中も考えていました。勉強放り出したいときとかどうにもやる気が出ないとき(思い返すとそんなときばっかだったような気もする)は、「何にもしないよりする方が合格に近づく」と考えて、やる気でなくてもできる英訳とか、ノート見返すだけとか、何かやろうとあがきました。あがけないでやめることも多かったですけどネー。
あとは「自分が解ける問題は他の人も当然できるし、自分が解けなかった問題だって他の人は当然解ける」論をひたすら思い続けていました。
これは実現したらとても怖いです。いくら自分が勉強したって、絶対に他の人は自分より前にいっているのです。ある程度知識がついてきたらそんなことは低確率でしか起こらないかもしれないけど、まったく起こらないわけではない。それならこれを想定しておくに越したことはない、というのが自分の考えです。そしてこう考えることで無駄に慢心するのを防げます。ここでも防衛的悲観主義がいきています。
私は、人間に対してものすごく興味があります。どういう思考をするのか、どうしてその行動を選んだのか、その言動のもとになっている意図は何なのか、などなど、考えてもキリがないことまで考えていることが好きです。拗らせすぎているのは重々承知です。
そこで自分がどういう人間なのかをひたすら考えました。それで、今のところの自分に合った方法が見つかったのかなーと思います。
あと、スポーツよりも勉強の方が、個人がもともと持っている能力差に左右される割合が少ないような気がしています。スポーツは向き不向きがあるからどんなにやっても達成できないことだってある、という、諦めのようなものがあって、十分に努力しきれていないときが多いと思います。
ここに書いたやり方は、あくまでも勉強面でしか通用しない自分の取説です。
これを他の分野でも使えるようにするか、別の取説を作るか、どちらにせよまだまだ人間のことを考えていくことになるのでしょう。
とりあえず早く合格通知をもらいたい。書留が来ないことには部屋から一歩も出られません。
2014年4月25日金曜日
卒研Ⅱ 妬みってなんなんだ
月1くらいでまとめていきたかったんですけどねぇ……(ボヤキ)。
臨床領域の構想発表まであと1ヶ月くらいになりました。ゼミの方も1月末から始まり,今日(25日)で5回目です。週1のゼミに合わせて発表する論文探して読んでまとめて,どういう風に卒研につなげていこうかな,なんて考えながら早3ヶ月。早。
卒研のネタとしては「妬み」。最終ゴールが妬みの対処方略を検討することというのは変わりませんが,効果的な対処方略を探すにはそもそも「妬み」がどんな感情なのかを知る必要がある。というわけで,卒研では妬み感情そのものについて検討したいと思っています。
前回の記事では妬みと嫉妬の違いってなんだ?みたいなところを気にしていたのですが,いくつか論文を読んでいくうちに嫉妬に関するこだわりはだんだん薄れていって,今取り組みたいことは妬みの質的違いについてです。
そもそも妬みというのは,自分よりも優れた他者との比較を行い,(自分よりも相手の結果のほうがいいから)自分は不快な感情を抱き,自分が劣っていて恥ずかしいと思ったり相手を憎らしく思ったりするという点で自他に注意が向いている状態で生じる,という理論と,自分のポジティブな自己評価を危うくさせる状況として,自分と(心理的に)近い他者が,自分にとって重要な領域で,自分より優れた結果を残すというのがあって,自己評価が危機にさらされた結果妬みを生じる,という理論があります。どちらにも共通するのが(1)自分と近い他者との比較 (2)重要な領域での比較 という点です。つまりこれが妬みを生じさせやすい「状況」ということになります。
妬みは「良性妬み」と「悪性妬み」の2種類に区別されます。妬みを抱いたということは,自分はもっていないけれど相手はもっている(立場,モノ,etc.)という状況には少なからずあるわけで,そこで自分を鼓舞してがんばろうと思えるのが前者,相手がそれを失えばいいのにと思ったり貶めたいと思ったりするのが後者,みたいな感じです。
良性妬みはがんばろう!につなげられるので別に対処する必要はないとして,問題になるのが悪性妬みです。相手を貶めようとする,でも問題は解決しないし,自分に対してもいやな気持ちになるし,などなど問題がいっぱいです。
※
ちなみに日本語ではまとめて「妬み」と言ってしまい,区別するには良性/悪性みたいな言葉を付け加えるんですが,オランダとかポーランドあたりではまったく別の言葉になっているそうです。対してアメリカやスペインでは日本同様1語で表します(英語ではenvyで,jealousyは嫉妬にあたります)。ところが言語的な分け方で違いはあっても,この2タイプの妬みは感じる方としては区別されているそうです。言語と感情みたいなことも面白そうだなと思ったのですが,さすがに脱線してしまうので今回はこれ以上調べませんでした。でも面白そうだなぁ……。
※
悪性妬みをなんとかする方法を探す前に,これがどんな感情なのかをもっと調べていきたい。これは折に触れて思い出さないと,論文を探すときにもうっかり対処方略を扱っているものばかり探してしまうんですよね……。妬みの性質をもう少し掘り下げるのが先だとなんとか言い聞かせないと卒研ではちょっと使いづらい論文を拾ってきてしまうことも多々。
良性でも悪性でも,感じている人は不快感や葛藤を感じているのは変わりません。ではどうして2つにわかれるのか?ここに関わるのが「個人差」で,これを突き止めたいな,というのが最近ぼんやりと浮かんできた卒研の構想です。妬みの感じやすさ,妬みを感じる領域と感じない領域があるのか,などなど。もしかしたら家族や兄弟の構成でも影響されているのかもしれないですね。次男次女は長男長女よりも相手と比較しやすいから妬みやすい,とか(これは未検討の私見ですけども)。
他にも,妬みを感じる状況でストレスをどのくらい感じているか,その人が何かを決定したり考えたりするときの傾向,挙げだしたらいろいろ考えられます。まぁ全部検討するのは大変そうなので,ここからもう少し絞りたいところです。
英語にも少しずつ慣れないとと思って海外の論文にもたまに手を出すのですがまだ読むスピードも遅いので,ここをサクサクいけるようになれば強いなと思います。
構想発表プレで院生さんたちに指導していただける会があるそうなので,まずはそこまでにしっかりまとめて構想を練っていきたい。
勉強しながら妬みの話を考えるのはどっちも息抜きになるのでまぁ楽しいです。
危機感を持つと持たないではやる気も行動力もだいぶ変わります。
試験まで4ヶ月を切り,提出まで8ヶ月を切った夜更けでした。
2014年2月1日土曜日
卒研Ⅰ 動機とテーマ
久しぶりに。
最近ブログで陸上以外の話題に触れたことが滅多になかったので,心理学のお話。
去年の11月末に卒研の担当教員が決まりまして,先週から卒研セミナーが始まりました。
当初考えていたのは社会心理学系だったのですが,紆余曲折を経て臨床心理学系へ。一部先生方にはご心配をおかけしましたが,ちゃんと拾っていただけるところも決まったし後悔とか未練も一切なく,単純に言えば“楽しみ”です。
卒研の提出が毎年12月半ばなので,もう1年ないどころか残り10ヶ月と半月くらいといったところでしょうか。ついこの間入学したと思ったら,大学生生活の締めくくりを書かねばならない時期が意外と迫っているわけですね。
とはいえ,10ヶ月以上あるので焦りとかは当たり前ですがまだまったくなくて,そもそもその前に構想とかどんな研究をするかとか,その段階です。テーマとしては大まかに決まっていて,『妬み・嫉妬』という感情,の,『感じやすさに差はあるのか』『感じる場面と感じない場面はあるのか』『対処方略』あたりに焦点をあてたいと思っています。
1年のときからなんとなくどんな研究をしようかということは考えていて,日常的にちょっと気になってることやそのとき悩んでいたことなんかをノートに走り書きしていました。1年の終わりくらいには『人に頼れる人/頼れない人って何が違うんだろう?』ということに興味をもっていて,特になにもなければこれを追求したいなと考えていました。
その後,『ネガティブ感情の対処』についても興味を示すようになりました。いつからかは覚えていませんが。理由は簡単で,私自身がそのときの出来事でポジティブな方にもネガティブな方にも左右されやすい人だからです。いいことがあればずっとハッピー,嫌なことがあれば引きずってアンラッキー。という単純人間なのです(たぶん)。ポジティブな方に傾いているときはまぁ気楽なのでいいのですが,ネガティブな方に傾いているときはどうも集中できないとかずっと落ち込んだままだとかふと悲しくなってしまうとかネガティブ思考の無限ループに陥るとか,とにかく弊害が多いのです。そこから,これの対処方法ってなんかないの?って思ったのがきっかけでした。某先生にテーマについて相談したところ,「もう少しどんな感情をやりたいのか絞れ」とアドバイスをいただき,選ばれたのは『妬み・嫉妬』でした。
今のテーマを選んだのは,やっぱり去年1年間の経験が大きかったです。自分が嫉妬深い方だというのはかれこれ21年も生きているのでさすがにわかっていますが,去年はそれを感じる部分が特に多かった(というか記憶に残る場面が多かった)ように思います。1つ挙げるとしたら陸上・走高跳ですかね。2枠しかない対抗枠を争わなければならず,3番手だった自分は最後に少し追い上げたものの結局選ばれなかったというわけで,まぁそのあと短距離がんばれたし2人の選手は本当に強い選手なので,今は後悔もなにもないですが,もし高の選手として残っていたらどうだったのかなとはふと考えることはあります。
ちょっと話がそれますが,走高跳についてはわりと悔しい思い出が多くて,中学のときも高校のときも部で1番跳べる選手にはなれなかったんです。やっぱり専門にしてるからにはチームの中では1番でいたかったのですが,どうしてもなれなかった。それで他の子に対してうらやましいとか妬ましいとか思ったことは多々ありました。短距離では“まだ”速い方だったんですけどね。肝心の専門種目ではあと一歩のところで狙ったラインを逃し続けてきている感がとてもあります。そんなわけで,走高跳と妬みや嫉妬はけっこう切り離したくても離れない感情だったかもしれないです。
……というのが1つ理由であって,『妬み・嫉妬』に興味をもちました。あとは抑うつとか攻撃ほどは日本で研究されていなさそうだったので,何かおもしろいことできるかな?っていう好奇心も少々。
また,『感情のコントロール/感情制御』に関しては大学に入る前から興味があったので,なるべくしてなった感も少々。
研究をどう進めるかについては検討中ですが,心理以外の人がみても面白いなって思えるような研究をしたいと思っています。先日の心理の卒研発表会も見させてもらって,スライドの使い方,10分間の発表の仕方など,お手本にしたいなと思える発表もありました。大学生の締めくくりなので,そのへんも満足いく出来にしたいです。
自分の中でいきなりつまずいてしまっているのが,『妬み・嫉妬』の区別はつけるか否か。いくつか論文を読んでみてもはっきりとした定義はなく,辞書的な意味も
妬み:ねたむこと。嫉妬。
嫉妬:①自分よりすぐれた者をねたみそねむこと。②自分の愛する者の愛情が他に向くのをうらみ憎むこと。またその感情。
とあります(広辞苑第六版より)。
確かに日常的にはあまり厳密に使い分けられてはいないですね。嫉妬の方が激しい感情で妬みの方が比較的穏やかだとか,嫉妬は三者間,妬みは二者間の関係で生じるとか,いろんな話があります。個人的にはこの“嫉妬は三者間,妬みは二者間”というのはしっくりきているので,区別するならここで線引きなのかなぁと思っています。嫉妬の辞書的意味の方には恋愛関係で使う意味もあるようですが,これも「自分と彼氏(もしくは彼女)の二者関係が第三の出現・存在によって壊されてしまうかもしれないことを憎む」と考えれば,なるほど三者間だなと納得いくわけです。
いつまでもここで引っかかっていてはどうしようもないので,適度なところで落としどころを見つけないといけないです。
あとはどうやって研究するのか。
たとえば,同じような場面に遭遇しても,妬んだり嫉妬したりする人と,その経験をバネにして頑張れる人がいます。また,同じ人でもこのシチュエーションでは妬みは感じないけど別のシチュエーションでは妬んでしまう,なんてこともあります。この“妬む人,妬まない人”の違いはなんだろうということについてはまずは取り組みたいところです。きれいな結果が出るかはわかりませんが,何か違いが見出せたらとてもおもしろい。加えてどんな対処をしているのか,ですが,これは自分の中では第2段階くらいに位置づけていて,院に進学できたら引き続き取り組みたいな,という長期スパンで考えています。まずは進学できるかが先ですが,ここではその話はなしにします。
とりあえずこんなところかなぁ。
すんごい勝手な自論ですが,自分が満足できる研究ができればもう大満足万々歳です。
10ヶ月半,がんばります。よろしくお願いします。
呟く系SNSでは文字数足りないしリア充系SNSではこんなだらだら書きたい放題書けないし,ブログでちょっとずつ残したい。
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