5ヶ月も更新しないでなーにが月1じゃwwwwww
構想発表のあとにまとめようまとめようと思ってこのありさま。ブログの定期更新とか続かないの明白なのになんでやってるんだろうって感じです。
それでも、今年最大の山場が終わり、山場を迎えるに際して考えていたことはまとめておきたいと思ったので、久しぶりに。
来年度からの進路が確定しました。人間総合科学研究科心理専攻へ進学できることになりました。
スクールカウンセラー(SC)になりたいと思ったのが中2の冬、そのためには心理学を学ばなければならないと知って今の大学を目指そうと思ったのが高1の夏。
かれこれ7年半ほど思い描いていた将来に、着実に近づいているようです。
SCになろうとするかは現時点では何とも言えませんが、大きくぶれることなくここまできたなんてなんだか感慨深いです。
自慢げな言い方になってしまうのですが、私は今まで大小にかかわらず試験で大きな失敗をしたことがありませんでした。高校入試は後期のみ、大学入試は推薦、大学院入試も単願。もう少し小さいところでは、英検も受けたものは一発合格でした。失敗がないというか、最少の回数でクリアしてきたことになります。
数は少なくても今まで受けた試験を振り返ってみると、これが自分のやり方なんだろうなぁと思うところがいくつかはっきりしてきて、今回の院試ではそれがもろに出た感じがします。
●やり方その1:受かるようになるまで受けない、受かる可能性が低いものは受けない
けちではないけど無駄になるお金は使いたくない。それはもちろん検定料・受験料しかり。
英検も、入試も、受けるにはお金がかかります。落ちればそのお金は無駄になります。
試験慣れ、というとらえ方もありますが、結果がついてこないのに払うお金はやはりもったいない、というのが私の考えです。
英検のように受ける時期をある程度選べるものに関しては受かる準備ができるまで受けない。(地域差はあると思いますが)高校入試の推薦のように、内申点高くて生徒会やってて部長で、みたいな人でも落ちる、判断基準のわかりにくいものは受けない。まぁ受けるからには受かるなりの勉強を十分にしてから、っていうことです。
ただ、これは検定のように自分で時期を選べるものにしか通用しないので、入試には使えません。入試は待ってくれません。Nyushi waits for no one.
●やり方その2:不安をモチベーションにする思考パターンと、それを利用すること
心理学をやって役だったなと思うことのひとつに、防衛的悲観主義という思考パターンを学んだことがあります。過去のある場面で成功する体験をしているのに、これから迎える似たような場面に対してネガティブな結果を予測するタイプの人のことです。前に試験で受かっているのにこれから受ける試験に対しては「絶対落ちる……」と思わずにはいられないのです。
そして、この思考パターンの人は、このネガティブな予測のおかげで、成功体験をするのです。うまくいくことを考えようととむしろ失敗してしまうという天邪鬼ですね。
私はまさにこの防衛的悲観主義です。
普段は基本的にポジティブ人間ですが、試験前とか試合前とかはもうどん引きしちゃうくらいマイナス思考。
試験前はずーっと、平常時ではありえないほどのマイナス思考に陥っていました。しかしそこでマイナス思考をやめるのではなくて、それを全力で利用してやろうと思いました。成功に向かうのではなく、失敗を回避することを目指しました。
今回想定した受験時に起こりうる最悪なパターンとして①覚えた単語が全部出ない②うろ覚えすぎて文字として説明できない③意味がわからない英単語ばっかり出る、などがありました。
これだけ思っていてはただ不安に負けるだけなので、「これらの状況が起こってしまうとしたらその原因は何なのか」を徹底的に考えました。①なら勉強する範囲の狭さ、②なら定着の浅さ、③は2つの複合、といった具合でしょうか。
そして①~③を回避するために計画を立てたり勉強したりしました。詳細は個別的すぎるのでここでは言及しませんが、要は不安をモチベーションにつなげるというわけ。
成功するにはどうするかを考え、成功のイメージから逆算して計画を立てるタイプの人もそこらじゅうにいると思います。しかし、私にはこれがどうしても「できない」のです。成功をイメージするより、起こりうる失敗をイメージする方が私にとってははるかにスムーズにできます。ただうじうじしているように見えても、こればっかりは変えられなくて、きっとこれからもうじうじし続けるんだと思います。
●やり方その3:ひたすら効率を追求
無駄な勉強や努力はないとは思いますが、「受験勉強をする」「試験に受かる」ことを考えたとき、結果の伴わない努力はやるだけもったいないです。決められた時間内に結果を出さなければいけないのに、遠回りをするのは絶対に嫌でした。
私はがむしゃらに努力するのが苦手なので、効率よく必要な知識を身につけるにはどうすればいいかを考えました。
頭を使ってなんとかなる分はなんとかする。
無駄な努力をしないようにするにはどうすればいいのか。
何が自分に足りないのか、それを身につける方法は何があるか、何が最低限必要な努力か。
それが計画を立てるところにもつながっていたと思います。
去年つくばマラソンを走りました。特に後半、走りながら考えていたのが、「歩くより走った方が速くゴールできる」という、書いてみると当たり前だけど40キロ近く走ったあとで実行するのはなかなかきっつい現実でした。
これを勉強中も考えていました。勉強放り出したいときとかどうにもやる気が出ないとき(思い返すとそんなときばっかだったような気もする)は、「何にもしないよりする方が合格に近づく」と考えて、やる気でなくてもできる英訳とか、ノート見返すだけとか、何かやろうとあがきました。あがけないでやめることも多かったですけどネー。
あとは「自分が解ける問題は他の人も当然できるし、自分が解けなかった問題だって他の人は当然解ける」論をひたすら思い続けていました。
これは実現したらとても怖いです。いくら自分が勉強したって、絶対に他の人は自分より前にいっているのです。ある程度知識がついてきたらそんなことは低確率でしか起こらないかもしれないけど、まったく起こらないわけではない。それならこれを想定しておくに越したことはない、というのが自分の考えです。そしてこう考えることで無駄に慢心するのを防げます。ここでも防衛的悲観主義がいきています。
私は、人間に対してものすごく興味があります。どういう思考をするのか、どうしてその行動を選んだのか、その言動のもとになっている意図は何なのか、などなど、考えてもキリがないことまで考えていることが好きです。拗らせすぎているのは重々承知です。
そこで自分がどういう人間なのかをひたすら考えました。それで、今のところの自分に合った方法が見つかったのかなーと思います。
あと、スポーツよりも勉強の方が、個人がもともと持っている能力差に左右される割合が少ないような気がしています。スポーツは向き不向きがあるからどんなにやっても達成できないことだってある、という、諦めのようなものがあって、十分に努力しきれていないときが多いと思います。
ここに書いたやり方は、あくまでも勉強面でしか通用しない自分の取説です。
これを他の分野でも使えるようにするか、別の取説を作るか、どちらにせよまだまだ人間のことを考えていくことになるのでしょう。
とりあえず早く合格通知をもらいたい。書留が来ないことには部屋から一歩も出られません。